【FABULOUS!!】

congenial.exblog.jp ブログトップ

女性議員

e0026645_5454774.jpg

ケント大学にて労働党のEmily Thornberry議員さんを招いての
Labour Student Women's CampaignがあったのでSOASの友達とドレスコード「赤」で参加してきた。

(今回は「女性」のために、というイベントだったので
男性お断り(笑)・・・実際これを聞いて、「差別」だ、という男の子達もいる
それは、Feminismの中にもいろいろな考え方があるのにも似ていると思う
女性の権利を謳うのにも、「男性と同じ権利を」という場合や、「男性と区別した上での権利」「女性優遇」
という場合があるように)


誰かのブログで、「女性議員」という特別視した言葉がなくなる日も来るかもしれない...と書いてあったけれど、
確かにそんな日が来るほど、平等、になったらすばらしい・・・
(平等、という言葉は曖昧だから、しいて言うなら、男女両方共に同じだけの尊厳が認められる日といったほうがよさそう)

Thornberry議員の話では
いくら女性議員が増えてきたからといって、
女性が質疑応答している最中の、他の議員の態度が悪かったり、ということがあるよう
彼女はもともと荒っぽい男の子をまったく怖がらない性格だったようなので
"気にしないけど、"といっていたけど笑

質問タイムで、以前から気になっていたトピックについて彼女の意見を聞いてみた

・・・・・・・・・・・もちろん男性、女性、といって一般論を述べるのは嫌だけれど、
歴史的に言って多くの国の「政治」が男性に支配されていたのは事実で(例外の国もあるけど)、昔は家庭=女性、社会=男性、のような枠があったのも事実で、
そういうなか、女性は"男性的"にならなければ社会でリーダーシップを発揮できないのか?という疑問。
もしそうならば、いくら女性議員を増やしたところで、政治=masculineな性格は変わらないのではないか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼女の答えを踏まえて、確かに、最近は女性候補だと「うけ」がいいという事実もあるし、
女性であっても、男性の議員と同じような性格で仕事をする人もいる、
けれど、実際に妻という立場だったり母という立場で仕事をしていれば
かならず女性であるからこそ相談に乗れるような事柄も出てくる
それがFeminineかは分からないが。
(つまり、男性的女性的どうこうよりも、女性がより必要な政策や案があるからには
女性の社会参加は必要不可欠)
もう一つ、彼女が挙げたのは、男性は当選したら「首相になるまでの道のり」を優先に考えるけれど、女性はそれ以外に「家庭のこと、子供のこと」をもっと考える、という例

この例自体は笑えたけれど、個人的にはこれじゃあやっぱり「女性=家庭を優先」という
根本的なところは変わっていないのでは?とも思う
まあ変わっていないからこそ、変えようとしているのか
変わらないからこそ、負担を軽くしようという政策を作っているのか、
どっちも目指しているのか、
未だ困惑中ではある
たぶん負担を軽減しながら根本を変えようとしているのだと思うけど
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


彼女は、とても自然体で、女性であることを「広告」にしなくても、自然に「有権者の母的存在である」ことを感じさせる方だった。

父と母あっての家庭
家庭を大きくしたものが社会と呼べるならば
男性的性格も女性的性格も、
どっちも必要なはず。

そう単純にはいかないかもしれないし、物事の性質に性別をもちいて説明をしようとすること自体が遠回りかもしれないが、Women’s Campaignで感じたのはこんなこと。


日本でも最近女性議員が目立っているけれど
ただ女性であればいい、ということではなく
どこまで政策が反映されるのか、ということが大事なはずだ
保守党と労働党の女性議員に対する根本的考えの違いも含めて
学ぶことは多い・・・
■■■留学生ブログRankin’だんだん上昇中。クリックよろしく~■■■
[PR]
by congeniality | 2006-11-25 06:18 | Life in UK(general)
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite