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Iran in World Politics

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Iran in World Politics-The Question of the Islamic Republic
by Arshin Adib-Moghaddam


今学期のエッセイのSupervisorの本を読んでみました
イランの外交の特徴、イランの中から生まれた特徴と外的要因によって植えつけられたイランというイメージ、イランイラク戦争、アメリカのネオコンサバティブというイデオロギー、時間をかけてだんだん育ちそうにある市民社会について、の論文が一冊にまとまっているので
まさに体系をつかむのに最も適している

最後の市民社会の章については、他に読んだ文献では「市民社会の構築を語ること自体が、すでにリアリズムを逸脱している・・」というくらいネガティブに書かれたものが多いのに、この著書にはだんだんと明るい兆しが見えてきている、というポジティブな方向で書かれていたので、
その証拠をどこから見つけたのですかと直接聞いてみました
実際アフマディネジャド大統領の元ではフェミニズムの運動などは完全に拒絶されているし

教授も言うとおりそれを直接見つけるのは大変困難なことだけれど
政府や国が常に市民社会に対して寛容さと不寛容さの間のベクトルを行き来していることがポイント
人々の意見を聞かなければ政府は立場を守れないし、
かといって聞きすぎれば政府は転覆させられるかもしれない、
これはイランに限ったことではない
その点でフーコーの引用を通してまず地道な運動にも目を向けてみないと
そこに意外にも大きいBottomUpの影響力が隠れていることが発見できない、という教授の意見も分かる

先日のパキスタンの講義では、一転
TopDownとBottomUpは結局同じことを言葉を変えて表現しただけなのでは?という
質問が出た
2つの改革のアプローチとして、
一つは、社会全体が潤えばいい、という発想(→これでは貧富の差は広がると予想)
そしてもう一つは、名目上貧困問題解決という発想(→その間に富の層を怒らせないように政府は富の層を社会から分離させて保護する政策をとる)
つまり、、、一つ目ではエリートは更にエリートになり、BottomUpと思わせる二つめの政策ではエリートはエリートのままとどまることになる
→公平な社会はいつまでたっても築けないということ

この議論を聞いてからまた更に市民社会に悲観的になってしまったからイランのケースでも
ポジティブに考えるまでにはまだまだ実際のケースを突き詰めて見ないといけないなとおもう
女性運動などに焦点をあててみるだけでも、どの時代は政府が寛容でどの時代に規制が厳しくなったか、などきっと流れがわかるとおもう(仮定)

話はとびましたが
この本からは題の通り、国際社会から隔離してはイランという国を語れないのだ、ということをよく教えられた
論文を書くに当たって、フォーカスされていることは大切だけれどくれぐれもイランをイランという枠だけに切り取ってみてしまうことだけはしないように気をつけよう
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by congeniality | 2008-10-31 21:03 | Middle East
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