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Waltz with Bashir

e0026645_075015.jpgWaltz with Bashir
1982年のレバノン戦争(イスラエル側は平和戦争、レバノン側はイスラエル侵攻と呼ぶ)の時19歳でイスラエル軍にいた主人公が思い出せない(思い出したくない)記憶を当時同じ経験をした者たちのインタビューを通して呼び起こそうとする
歴史背景がわかっていないと捕らえにくい映画なので以下、Wikipediaから引用させてもらいます

レバノン戦争と多国籍軍の進出
1982年6月6日、駐英大使に対するPLOのテロへの報復と、PLO撤退のためとして、隣国イスラエルが越境して侵攻する(ガリラヤの平和作戦、レバノン戦争)。イスラエル軍はLFやアマルと組んでレバノンに駐留するシリア軍を壊滅させ(この際、国産戦車メルカバを初めて実戦投入し、当時ソ連の最新鋭戦車であったシリア軍のT-72を多数撃破する戦果を挙げている)、6月13日に西ベイルートへ突入、国際的非難を受けながらもベイルートの包囲を続けるが、徹底抗戦していたPLOも8月21日に停戦に応じ、8月30日にアラファト率いるPLO指導部および主力部隊がチュニジアへ追放された。ここでアメリカ合衆国、イギリス、フランス、イタリアなどはPLO部隊撤退後のパレスチナ難民に対する安全保障という名目で、レバノンに多国籍軍を派遣した。

イスラエルとしてはレバノンを親イスラエル国家として転換させ、シリアひいてはアラブの影響力をレバノンから排除したかった。LFのカリスマ性のある若手指導者バシール・ジェマイエルはイスラエルと親しい反シリアの政治指導者であり、彼を大統領に就任させるつもりであった。事実、1982年8月の大統領選挙において、イスラム教左派のボイコットを受けながらも大統領に当選した。しかし、9月、バシール・ジェマイエル大統領はLF本部に仕掛けられた爆弾によって暗殺される。イスラエルは親イスラエル政権の樹立に失敗し、この事件をPLO残党の犯行とみなした。当時、LFの情報担当者といわれていたエリー・ホベイカ率いる部隊は、イスラエル軍の監視の下、パレスチナ難民キャンプで大量虐殺事件を発生させる(サブラ・シャティーラ事件)。この事件によって、虐殺を黙視したイスラエルには特に国際的非難が高まり(イスラエルはキャンプ内においてパレスチナ人の捜査をLFに指示したと主張)、当時のシャロン国防相が辞任する事となるが、ホベイカは後述するように親シリアともいわれており、真相は必ずしも全てが明白ではない。


・・・というわけなのですが、これはレバノンの歴史のほんの一部にすぎない
やはりイスラエル、パレスチナ問題で生まれた多くの難民が
レバノンに移動したということが背景にある
Waltz with Bashirのホームページには、キャンプ内での虐殺はシャロン国防相の辞任につながったがそれから20年後、シャロン氏は首相として当選したことも追記してある

歴史はさておき、ペルセポリスに続く、すごく迫力のあるアニメーション映画だったと思う
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それから、今回見に行った映画館BFI(BritishFilmInstitute)は普通の映画館で上映し終わった作品を手ごろな価格で上映している
通常の映画館よりも落ち着いていて雰囲気がいい 
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by congeniality | 2009-02-10 00:04 | Middle East
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