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Churchill Museum & War cabinet room

チャーチルチョコレートw
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行ってきました!!(これは一ヶ月前の話ですが、アップする時間がなかったので今書いてます)
休戦記念日の日を勝手に記念して、ずっと行きたかったチャーチル博物観と戦争の指揮をとった地下室を見に行ってきました。ウェストミンスター駅(ロンドンで一番好きな場所^^)から徒歩5~6分のところにあるチャーチルミュージアムは、Imperial War Museumが提携している個別の博物館です。


War cabinet room
第二次世界大戦の時に、チャーチルと政府の高官たちが指揮をとった地下の部屋が見学できます。相当沢山の部屋があり、構成としては主に、「会議室」「全員分の寝室:偉い人たちには個室」「チャーチルの寝室」「チャーチル夫人の寝室」「台所」「応接室」「秘密電話をかける電話ボックス」「地図ルーム」「資料作成ルーム」などでした。
会議室:作戦をたてたり、重要な決定を下す部屋です。ここが一番の見所で、チャーチルが部下たちともめたときの話などが有名です。意見が食い違ったとき「え?何?聞こえない」といって全く耳を傾けなかったそうですw
寝室:ユースホステルのような感じで4人で一部屋などありました。ここはさすがに質素な感じです。ですがチャーチル婦人の部屋は小奇麗で、化粧台やテーブルなどもあります。
台所:チャーチル夫妻がお客様を招いたときによくつかったそうです。大きさはほどほどですが、本当に「大昔の台所」という感じがそのままあらわれていました。アルミ製の道具が多かったような印象です。いかにもネズミとかも暮らしていそうな、絵本でみかけるような台所でした。
応接室:そのままのこっていないところは写真のみでしたが、ここだけは戦争時代とは違った雰囲気で、ソファーなどもあったようです。
電話ボックス:ボックスといっても部屋ですが、それを記録する機械も天井のたかさくらいまでのびていて、圧迫感のある部屋です。部下や他の機密機関に絶対に漏れないように厳重に管理され、チャーチルがルーズベルトなどにここから電話していたそうです。この電話一本でまさに歴史が動いていたのだなあということを一番強く感じました。
地図ルーム:ここもまた衝撃的でした。小さな部屋と大きな部屋の2部構成で、壁一杯に様々な種類の世界地図が貼ってあります。衝撃的なのはなにかというと、色とりどりのピンが箱に用意されていて、どこに爆撃をするかというのを地図上に挿してつかいます。赤い糸や緑の糸は画鋲でとめて作戦につかいます。地図だけで見ると、主にヨーロッパやロシア周辺に集中していて、日本はほとんど重要視されていないようでした。
資料作成ルーム:チャーチルにもっていったり、その他の報告をしたりするための書類をタイプする場所です。昔はタイプをするのは女性の仕事というのが定番なのでここで働いていたのはすべて女性です。



Churchill Museum
ここはチャーチル元首相の伝記をそのまま立体であらわしたような、そんな博物館です。
生い立ちからはじまり、生前着ていた上着や、帽子、国会で表彰されたときの記念の品などが主に展示され、その他妻のサポートがどんなにチャーチルを支えたかなどの記述や、家族の写真などがありました。かなり現代的な博物館で、パネルを触って○○年○月○日と指定するだけで、その日のチャーチルの行動が書いてあったりして、60年以上も前のことですが○時に誰と会ってお茶、などと書いてあると、臨場感が沸きます。
そして一番興味深かったのが、チャーチルの描いた油絵でした。ここまで絵が得意だとはまったくしりませんでした。ロイヤルアカデミーの展示会に出展したこともあったそうです。(ここには数点しかなく、コンピューターの画面で見ることしかできませんが。)青年時代に親戚の姉に勧められて始めたようで、年に2枚くらいずつ書き溜めて、相当な量をかいています。政府の仕事につくようになってからは、仕事で訪れたり、バカンス中に描いたヨーロッパの絵が多くみられます。得にフランスのビーチの絵が最高に良かったです◎◎◎ どこが気に入ったかというと、あざやかな色使い、どうどうとしていてチャーチルらしい画風(ちまちましていないので見ていてとても心おちつきます)というところです。




Overall impression
ちょうどこの時期、「個人はどこまで歴史に影響を及ぼせるか」(今、ヒーローといわれている人たちがどこまで一人の力で歴史を作ったか)というテーマのエッセイを書いていたので、いろいろなことを思い巡らせました。メインテーマとしては、一人の人生に焦点をあてた伝記だけをよむのではなく、その影にいた人物たち、そしてその時代背景、文化、経済、などとバランスがとれていなければ歴史は書けないということです。ですが、英雄をまつる一般的な姿勢はどの時代もかわることはありません。ヒーローをまつる歴史に批判があるのは当然ですが、社会あっての個人、個人あっての社会というきっても切れない関係というのは常に存在します。(by E.H.Carr)なので、この博物館も「歴史をみるというよりはチャーチルの一生を見ている」ということを眼中においておけば、個人と社会を混同せず、とても有意義に彼の人生を見ることができると思います。
以下のサイトであなたがチャーチルだったら?という質問に答えてチャーチル度を測れます(笑)お試しください。
http://cwr.iwm.org.uk/upload/package/48/wiwcs/main.htmlちなみに私は「若かりし日のチャーチル」度が高く、人生の後半では少しチャーチルの行動からはずれました。
最後にもうひとつ歴史を見る上で気をつけなければいけないのは、死んだ人の心理をよみとって勝手にその人の行動に説明を付け加えることは伝記にありがちな問題点です。生前の人の心理ならば実際あって話した、などで読み取れるけれども、過去の人の行動と心理を勝手に結びつけて説明しようとするのは、なんの証拠もなく危険なことです。あくまでも日記や発言などの記録や、当時の人が多く同意していたこと、を根拠として、そこにあるだけの事実を直視していかなければなりません。
それと、キャビネットルームでの決定が沢山の人の人生や生命を左右したかと思うと軽い気持ちでは見学できませんでした。その当時の人達を考えると、地図に挿す画鋲一つ一つがどんなに大きな決定だったかということを感じました。
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by congeniality | 2005-12-18 08:20 | Life in UK(general)

Political history and Women’s history

歴史の授業のチュートリアルで、政治史と女性史(こういう呼び方を正式にするのかはわかりませんごめんなさい)という2種類の歴史をくらべると・・・という話題が挙がったので忘れないうちに書きます。
現代に至るまでに書かれた「歴史」は大体が政治史といってよいほど、英雄や一部の権力にのみ焦点があてられていました。その後、一般の人々や文化などのテーマに分かれた歴史が書かれるようになり、女性史(女性に焦点をあてた歴史)も登場しました。
(ここでよく使われるのが、「いままで忘れられていた歴史」という呼び方です。確かに女性は歴史のなかで忘れられていた存在ですが、ではなぜ男性史がないのか。それは、それまで権力の中や社会の中心となっていたのが男性だったからと言えます。でもそういった場合、忘れられていたのは女性というだけでは全体を説明しきれず、publicを支えるものとして常に存在しているprivateの歴史が書かれていなかった、という説明も付け加えなければなりません。)
ここからが本題:ドイツ統一後の社会を政治的面からみれば、状況は「良くなった」という答えがでます。が、女性に質問をすると必ずしも「良い」という答えはかえってこないそうです。資本主義に統合されると、共産主義の下では禁止されていたポルノや、共産主義の下では守られていた女性権利、例えば、育児休暇3年!(3年という長さであれば、夫と交代でとることもでき、長さを半分にして二人でとることもできる)などといったものはすべてなくなります。資本主義で自由が解禁されたからといって守られるものと失うものがでてくるということです。ここでどちらを選ぶかという話になると結論を出すことがほぼ不可能になるので、今回は違った見方の歴史をくらべてみるとまた新しい捉え方ができる、ということだけにして終わりにします。
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by congeniality | 2005-12-13 06:19 | Life in UK(academic)
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