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視覚エフェクト


先日あきよさんと会ってお話していたときに、視覚ってネガティブに働いてしまうことが多いのではないかと思った

私が思い出していたのは以前にみた映画Crash・・・
映画を見たときは比較的掴み易いテーマだと思ったこととサンドラブロックの起用の仕方が気に入らなかった、という感想が先行してしまっていた、が、
さまざまな人種が同じ町に住むロンドンにしばらくいると、あの映画でうけた印象が日に日に重みを増してきたのを感じる
特に、去年少人数でInternational Studentsの枠にくくられていたコースだったのと比べて、今年はInternational もNationalもみんな同じ位置に立ってのスタートで、その分しっかり自分を表明していかなければいけない環境にある、ということもだんだんとこういうことを考えるようになった一要因だとは思う
初対面の人と接するとき、一番に目に付くのは「外見」であることは確かで
(目に付くとう表現からも明らかなように)、その次にしゃべり方、内容、を通してその「人」を知っていく
私を例にとってみれば外見100%アジア人→さて英語がどのくらいできるのか→どういう内容を発言するのかというプロセスを経て相手から見られていると思う
というか、このようなプロセスを通してでもゆっくり相手を知ろうとしてくれる人はありがたいし、自分も時間をかけて丁寧に相手を知っていきたいと思う

話を元にもどして、人が情報を得るときに最初に注目する「外見」というのはかならずしもインフォメーションの核心と一致しないような気がするし、
「外側」をみれば「内側」まで見えるというわけでもない
つまり「ぱっと見」で判断して自分の先入観で区分したりすることはよくない

大学外の話をすると、例えば一番安いスーパーとして知られるTESCOの店員さんで「白人」の人を見かけたことはない
そのすぐ近くにあるHSBCという銀行では主にびしっとスーツを着た西洋人の人たちが働いている
この対照的な環境で、お客さんも働く人たちを見る目がまったく違うのではないか(もちろん、大型スーパーよりも大金を扱う銀行のほうが従業員もお客も緊張感をもって接する理由はわかるけれども)
そして、“見る目”という表現をしたけれど、これは“態度”に表れるのではないか
こうやって見た目で態度を変えたりしながら、人類の平等の権利などと叫んだって、それこそ矛盾していて何の説得力もないように思えてしまう



今はSecurityの追求とLibertyの追求が重なり合って混沌としている時代だと思う みんなが自分の身を守るために思いっきりネガティブ視覚エフェクトを使いはじめることによって、あらたな誤解と衝突を生み出しているともいえると思う このネガティブなサイクルに歯止めがかかるのはいつの日か。 

Conclusion:
視覚という感覚を使って、区別をすると、差別につながる可能性がある
聴覚や嗅覚では、区別はするけれど差別はしないと思うのだ
単純で分かりやすいものにはかならず落とし穴がある、と感じる

今日の一言:
“Beauty is only a skin deep, Ugliness goes to bone.”
(友達がmsnに表示していて心に残ったフレーズを引用w)
留学生ブログRankin’
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by congeniality | 2006-11-04 05:27 | Thinking about...
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